大阪地方裁判所 昭和36年(わ)3782号・昭36年(わ)3026号・昭36年(わ)3020号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(一部無罪の理由)
一、被告人<中略>に対する住居侵入、強要の訴因に対する判断
(一) <中略>公訴事実の要旨は「昭和三四年一〇月二〇日午後四時前ごろ、前記扇風機事業部次長室から、同事業部総務課長松田直夫が前記組合員の集団抗議状況を写真撮影したので被告人ら三名はほか組合員約一七名と共謀のうえ、右松田を脅迫して右写真のフイルムを感光のため交付させる目的で直ちに右事業部次長室になだれ込み、被告人河井において、「一分以内にフイルムを出さんとあんたの身体は保障せんぜ」と申し向け、さらに右出口において、「十数える間にフイルムを出さんと叩き殺すぞ」と申し向けたうえ、他の組合員数名において、「一つ二つ三つ」と数を数えるなどして右松田を脅迫し、よつて同人より前記集団抗議状況を撮影したフイルム一巻を写真機より取り出させて被告人河井に交付させ、もつて故なく右扇風機事業部次長室に侵入したうえ右松田をして義務なきことを行わせた」というのである。
(二) そこでまず建造物侵入罪の成否につき考察する。
(1) 証人<中略>の各供述記載を綜合すると、松田課長が次長室の窓ぎわから前記組合員の集団抗議状況を数枚写真撮影したところを、次長室のある事務所建物に一番近い位置で組合員の右抗議状況をみていた組合書記長谷口文男が、斎田某から教えられてこれを現認し、近くにいた被告人河井等に、「上で写真をとつているぞ」と右写真撮影の事実を知らせるとともに自ら次長室にむかつたこと、右合図で写真をとられたことを知つた被告人ら三名を含む組合員二〇〜三〇名も直ちに次長室にむかい、これらの組合員のうち約一五名が谷口、河井、蔀等を先頭に次長室の入口の扉をおしあけていつせいに室内に入つたことが認められ、かつ右次長室は扇風機事業部が会社から借りうけていたもので、同室入口には幅約一〇糎、長さ約二〇糎の「扇風機事業部次長室」なる表札があり、同事業部において管理していたものであることが認められるから、同室に立入つた被告人らの右行為は形式的には建造物侵入罪の構成要件に該当するものといわなければならない。
(2) そこで被告人らの右行為が、「故なく」違法になされたものであるかどうかについて考えるに、検察官は被告人らの次長室への侵入行為は「松田課長を脅迫して右写真のフイルムを感光のため交付させることを共謀し、右目的でなされたものである」旨主張するのであるが、前記「上で写真をとつているぞ」という谷口書記長の合図によつて、組合員が抗議現場である会社事務所東側通路から次長室へむかう過程において被告人三名を含む組合員相互間に、松田課長を「脅迫」して撮影済フイルムを「感光のため交付させる」という意思連絡が生じたことを推認するに足る証拠はないのみならず、入室後の状況をみても、被告人らがフイルムの提出を求めたことは認められるが、それ以前に「なぜ黙つて写真を撮つたのか」という撮影に対する抗議ないし撮影目的の追求がなされているのであつて、右の点を考えると、被告人らが次長室に立入つた時点におけるその主たる目的は、右撮影に対し抗議をなし、その目的や用途をただすことにあつたと認めるのが相当である。
そうしてこのことは、当時会社の人事関係の職員が写真機を持つて社内を歩いたり、組合集会を労務課長が二階の窓から写真撮影したりしていたことや、松田課長が使用した本件写真機にも既に当日の朝礼の際の組合員の行動が写真撮影されていたことなどから明らかなように、当時会社側はある程度恒常的に組合員の行動を写真撮影していたことが窺われ、右のような事実があつたところから、当時組合側が、会社側と目すべき者による写真撮影に対し、組合活動に対する介入であるとして抗議の必要を感じていたことによつても首肯できるのである。
ところで一般に組合員以外の者が立入れない組合大会その他の組合活動状況を使用者側に属する者が秘かに写真撮影するような場合はともかくとして、使用者に対して公然と自らの勢力を誇示する組合員の集団的示威ないし抗議の状況を使用者側に属する者が写真撮影したからといつて右撮影行為をもつて直ちに組合活動に対する支配介入であるとして違法であるとはいえないけれども、右のような写真撮影は屡々組合活動のきりくずしや組合活動家を識別するなどの意図のもとになされる場合が多く、従つてその目的如何によつては、不当労働行為ないしはその手段となる危険性を多分に包含しているのみならず、右のような写真撮影はそれ自体において団体行動に参加している組合員をしてなんらかの不利益を受けるかも知れないという危惧の念を生じさせるに足るものであるから、右状況を写真撮影された事跡がある場合に、組合員が撮影者に対し、その目的ないし用途をただし、抗議をなすことはその目的において正当であるといいうる。
もつとも、本件における松田課長は、扇風機事業部の総務課長であつて、法形式的には会社の職員でもなく、会社とは無関係な第三者であるが、前認定のように両会社は極めて密接に相関連し実質的には同一会社に近い所謂親子会社であることおよび右写真撮影がなされたときの具体的状況(特に写真撮影をしている松田課長の近くに会社の経理課長河野保などがいたことを組合員の一部は目撃している)等を考えると、組合員が松田課長の写真撮影をもつて、労使関係に無関係な第三者の行為としてではなく使用者側からの組合活動に対する介入であると考えたのもむしろやむを得なかつたものと認められる。
そうして組合員の次長室への侵入行為の態様は、前認定のとおり、多人数でいつせいに室内に立入つたものではあるが施錠をはずすとか入室を積極的に拒否されたとかいう状況は認められず、入口の扉を開け、右入口から室内に入つていること、および組合員の企図した前記撮影に対する抗議ないし撮影目的の追求は、直ちに撮影現場においてなすことなく、後日あらためて行うというのでは、撮影の事実そのものもあいまいとなり、かつ撮影済フイルムは何時、如何なる目的で使用されるかも図り知れざるものである以上、殆んどその目的を達しえないことは明らかであるから、その性質上直ちに撮影現場で撮影者に対してなす必要があつたこと、その他諸般の具体的状況を考慮すると、被告人らの次長室への右立入行為は、正当な組合活動の範囲内に属していたものというべく、労働組合法第一条第二項、刑法第三五条により、違法性を阻却するものであつて本件建造物侵入罪は成立しない。(吉益清 石川正夫 川端敬治)